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伝統、テクノロジーそしてカムバック:ポルシェ919ハイブリッドのカラーリング世界耐久選手権(WEC): ル・マン24時間レース
日本. ポルシェAG(本社:ドイツ、シュトゥットガルト 社長:マティアス・ミューラー)の公式プレテストで、レッド、ブラックおよびホワイトのカラーリングが施された2015年モデルのポルシェ919ハイブリッドがデビューを果たします。
「伝統」
スターティングナンバー17をつけたレッドの919ハイブリッドをドライブするのは、ティモ・ベルンハルト(34歳、ドイツ)、ブレンドン・ハートレー(25歳、ニュージーランド)、およびマーク・ウェバー(38歳、オーストリア)です。そのカーナンバーとカラーは、ル・マンで今日まで16回の総合優勝を数えるポルシェに、1970年、初のル・マンでの勝利をもたらした1台へのトリビュートです。世界で最も過酷な耐久レースとして有名なル・マンで、これほど多くの勝利を手にしたメーカーは他に存在しません。45年前の1970年6月14日に優勝した「ザルツブルクカラー」のポルシェ917 KH(ショートテール)のベースカラーもレッドでした。そのときの優勝ドライバーは、現在87歳のドイツ人、ハンス・ヘルマンと75歳のイギリス人、リチャード・アトウッドでした。
「テクノロジー」
スターティングナンバー18のブラックのLMP1マシンは、ポルシェ919ハイブリッドと同じくハイブリッドドライブシステムを搭載したスーパースポーツカーのポルシェ918スパイダーとの密接な技術的関連を象徴します。2013年9月4日に、20 km以上にもおよぶニュルブルクリンク北コースで公道仕様車として6分57秒の新記録を樹立したのもブラックの918スパイダーでした。 このときのドライバーは、ドイツ人のマルク・リーブ(34歳)でした。リーブは、ロマン・デュマ(37歳、フランス)とニール・ジャニ(31歳、スイス)と共に今年のル・マンでブラックの919ハイブリッドをドライブします。
「カムバック」
チームの3台目の車両、スターティングナンバー19の919ハイブリッドのホワイトのボディカラーは、16年のブランクを経て2014年にル・マンのトップカテゴリーへ復帰した際にポルシェが選んだカラーです。ホワイトは、ドイツのレーシングカーの伝統的なカラーで、GTE Proクラスに参戦する2台のポルシェ911 RSRワークス車両にも使用されます。ル・マンでは、アール・バンバー(24歳、ニュージーランド)、F1ドライバーのニコ・ヒュルケンベルグ(27歳、ドイツ)およびニック・タンディ(30歳、イギリス)が3台目の919をドライブします。
カラーリングはそれぞれ異なっても、3台のポルシェ919ハイブリッドと2台のポルシェ911 RSRは、同じフィロソフィを共有しています。すべてのシャシーには、「
ル・マンにおけるスタイルの象徴と挑戦的なカラーリング
レーシングカーのカラーリングは科学そのものです。デザインとプロポーションを強調し、設計の秘密を目立たなくすることに加え、高速走行時の美しさも必要です。以前は車体を塗装していましたが、現在は、きわめて薄い素材でカバーする手法が取られています。ガルフ、マルティーニ、モービル1、ロスマンズやシェルなどのカラーを身に纏った記憶に残る一連のポルシェ ル・マン・レーシングカーのように、多くの場合、ボディカラーとデザインはスポンサーやパートナーの影響を受けます。ラトビア出身のポルシェのチーフデザイナー、アナトール・ラピーヌの過激な作品として有名な1970年のサイケデリック・パープル/グリーンのポルシェ917ロングテールは、すぐに「ヒッピー」というニックネームが与えられました。その1年後、ラピーヌは「pig(豚)」を生み出しました。ピンクの917は、雌の豚を意味する「Sau」として知られています。これは、ル・マン・レーシングカーの中で最も多くの写真が撮られた車両だと言われています。さらに、精肉店のポスターのように、ラピーヌは赤のラインでボディを分割し、それぞれの部分に豚の部位を書き込みました。このデザインは社内では挑戦的として捉えられましたが、他のチームからは馬鹿にされた、という逸話があります。このカラーリングがなければ、この917はレース引退後にすぐに過去の車として忘れ去られていた可能性もあります。しかし、現在でも、ピンクピッグはツッフェンハウゼンのポルシェミュージアムを訪れる子供達に人気です。
その20年前、ポルシェがル・マンに投入した最初のレーシングカーは、このような話題とは無縁でした。クラス優勝を果たした1951年の356 SL 1100のアルミボディは、無塗装だったのです。この車両は、軽量構造とエアロダイナミクス効率の先駆者となったモデルです。
2015/5/29