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ポルシェがモータースポーツのレジェンド、ハンス・ヘルマンの誕生日を祝うシュトゥットガルト出身のレーシングドライバーが90歳の誕生日を迎える

ドイツ. ポルシェAG(本社:ドイツ、シュトゥットガルト 社長:オリバー・ブルーメ)のワークスチームにおいて輝かしい成功を収め、その名を広く知られたレーシングドライバーのハンス・ヘルマンが、2月23日に90歳の誕生日を迎えました。1928年にシュトゥットガルトで生まれたこの耐久レースのスペシャリストは、モータースポーツ史上最も安定したレーシングドライバーのひとりであると考えられています。ハンス・ヘルマンは、モータースポーツの現役中に80を超える総合優勝とクラス優勝を飾り、その大半はポルシェによるものでした。

ステアリングを握る“Hans im Glück”(グリム童話の『幸せハンス』)は、ツッフェンハウゼン生まれのスポーツカーを駆り、ミッレミリア、タルガ・フローリオ、カレラ・パナメリカーナ、そしてもちろんル・マンにおいても輝かしい成功を飾りました。1970年には917でポルシェに初のル・マン総合優勝をもたらします。彼のキャリアは、1952年に、プライベートチームのポルシェ356による山岳レース、ラリー、および耐久レースへの出場から始まりました。翌年には、リヒャルト・フォン・フランケンベルクと組んでポルシェ356を駆り、リヨン=シャルボニエール・ラリーで5位入賞を果たします。それが、当時ポルシェ レーシングチーム監督だったフシュケ・フォン・ハンシュタインの目に留まり、ヘルマンはポルシェ ワークスチームに迎えられます。1953年には、コパイロットのヘルム・グレックラーと組んでポルシェ550クーペでル・マン24時間レースに初挑戦し、排気量1.5リッタークラスで優勝を飾っています。

同年、ドイツ・スポーツカー選手権でタイトルを獲得し、それがメルセデス・ベンツのレーシングチーム監督のアルフレッド・ノイバウアーの目に留まります。ヘルマンは26歳でメルセデスのワークスチームに移籍し、ファン・マヌエル・ファンジオ、スターリング・モス、カール・クリンクとチームを組みます。それと並行して1954年にポルシェで引き続きレースに挑み、550スパイダーを駆りミッレミリアとカレラ・パナメリカーナでクラス優勝を果たしました。

決して忘れられることのないのが1954年のミッレミリアにおける大事件です。ヘルマンとコパイロットのヘルベルト・リンゲは、電車が急接近する線路内で、閉じた踏み切りを横切るために遮断機の下をくぐりました。後にヘルマンは、この途方もない瞬間の写真をレターカードにして、“Glück muss man haben”(「人には運が必要です」)という言葉を添えました。彼は会話の中でも、“Glück hat, wer als Rennfahrer überlebt.”(レーシングドライバーにとって運とは生死を分けること)と声を落として言うことがよくあります。

ダイムラー・ベンツがモータースポーツから撤退した1955年に、ハンス・ヘルマンは再度ポルシェのステアリングを握ります。その後、マセラティ、B.R.M、ボルクヴァルトに籍を置き、1959年にふたたびポルシェ ワークスチームに戻ります。1960年には、オリビエ・ジャンドビアンと組みポルシェ718 RS 60スパイダーでセブリング12時間レースの勝利を収め、ポルシェに耐久レースのマニュファチャラーズ世界選手権における初の総合優勝をもたらしました。直後に、ヨアキム・ボニエと組み、ポルシェ718 RS 60スパイダーでタルガ・フローリオを制し、ポルシェ718/2を駆ってF2ヨーロッパチャンピオンにも輝きました。

1962年にウィーンのデザインエンジニアであったカルロ・アバルトのチームに移籍し、1963年からアバルトのワークスドライバーとして活動します。3年後の1966年にポルシェ ワークスチームに復帰し、メジャーな耐久レースとヨーロッパヒルクライム選手権に挑みながらヴァイザッハに新設された開発センターで無数のテストドライブをこなしました。

1969年にポルシェ ワークスチームは、ハンス・ヘルマン、ジョー・シフェール、ヴィック・エルフォード、ロルフ・シュトメレン、ウド・シュッツ、ゲルハルト・ミッターという布陣で、メーカー世界選手権で初めてのタイトルを獲得します。史上に残るスリリングなレースとなった同年のル・マンにおいて、ヘルマンは24時間の激しい戦いの後に120m差でフォードGT 40を駆るジャッキー・イクスに勝利を譲らなければなりませんでした。しかし1970年、ヘルマンは自身11回目の挑戦で初めてのル・マン総合優勝をポルシェにもたらしました。

その偉業を成し遂げて間もなく、当時42歳のヘルマンはモータースポーツからの引退を表明しました。レース前に彼は、優勝を飾ることができたら危険な職業から身を引くことを妻のマドレーヌに約束していました。ヘルマンはまた、ヒストリックレーシングカーのドライバーとして、「ル・マン・クラシック」、「タルガ・フローリオ」、「ソリチュード・リバイバル」など、ポルシェ ミュージアムの多数のヴィンテージカーイベントにも参加しています。

<本件に関する読者からのお問い合わせ先>
ポルシェ カスタマーケアセンター 0120-846-911
ポルシェ ホームページ https://www.porsche.com/japan/

2018/2/27