Porsche - マット・ハメル - DON 176

マット・ハメル - DON 176

[+]

カリフォルニア州都サクラメントからそう遠くない小さな町に 蒐集家マット・ハメルの自宅がある。パティナ効果を放つオールドタイマーに情熱を注ぐ彼は自ら標榜する “本物” を追及する。ハメルのガレージに保管された宝物……。それはノン・レストアのポルシェと膨大なパーツ群だ。

部 品を探し、見つけ、そして磨きあげる。そんなオールドタイマー・ファンには欠かせない過程は、マット・ハメルには必要ないようだ。独特の “宝探し” と蒐集を楽しむ 42 歳のアメリカ人が追い求めているのは、ありのまま、錆びだらけのオールドタイマーなのである。つい最近もココナッツ繊維がむき出しのシートと、錆でフットスペースが完全に抜けた 1956 年型の 356 C 1600 を発掘した。このクーペを特徴付けているパティナ効果(古びた感じ)は、まさに演出なしの本物だ。

[+]

宝箱: ハメルが大切にするプレ A モデル向け 80mm ピストン

ハメルの愛車であるポルシェ 356 は、“見ればわかるだろう。これまで膨大な距離を走ってきた過去を俺は隠していないよ” と言わんばかりの雰囲気を漂わせている。ハメルは 356 特有のシルエットを目でなぞりながら微笑む。「エクステリアは発見した当時のまま。相当の距離を走破してきているはずなのに、いまだに快調に走れるのですからたいしたものです。レストアは全く考えていませんよ。これはタイムマシーンなのですから」。

ボディ表面の艶が引けて少しくたびれたような 356 を、ありのままにドライブしたいというハメル。「私にとって、ポルシェは走るために生まれたマシーンであって、ガレージに飾るためのコレクションではありません」。レストアもフェイスリフトも必要ないと主張する彼のスタイルは、いたってシンプルだ。レース中に損傷を受けたマシーンを操り、照れ笑いを浮かべながらフィニッシュラインを走り抜けた当時のドライバーたちの心情にシンパシーを抱くと言うハメル。そんな彼がウィンクしながら愛車のドアを開くと、油切れ特有の音が耳を貫く。「いい音でしょう? これから私の自宅に案内します。他にもお見せしたいものがありますから」と、自慢の 356 を発進させる。

「なぜウィンカーが必要?」と言わんばかりに、ハメルは交差点を曲がるたびに窓から手を出して周囲に合図を送る。スポーツカーとしては見る影もないポルシェだが、次々と迫りくるコーナー を無難にこなしながら、起伏ある台地をいいペースで駆け上っていく。丘の頂上に、木々に囲まれたハメルの家が見えてきた。

[+]

アスファルトよりもグラベル:ハメルは砂利道がお気に入り。サクラメントから丘の頂上にある自宅へと向かう郷愁漂うルートは、 1956 年型のポルシェ 356 クーペにうってつけの舞台と言えよう

[+]

コレクターズ・アイテム: 本当は譲りたくないものも多くあるという

自宅前にはハメルのポルシェ・コレクションが集合していた。1986 年型  911 カレラ 3.2 をはじめ、1966 年型 912、1958 年型 356A Super、そして同じく 52 年型 356 カブリオレも 2 台確認できる。 “お宝探し” に情熱を注ぐハメルの魂は、どうやらこの両オープントップ・モデルに宿っている らしい。「車輌のシャシーナンバーをご覧ください。この 2 台はなんと通し番号。同じ時期に前後して製造された兄弟なのです」。確かに最初の一台の番号は一桁が 4、そしてもう一台は 5 で終 わっている。だがハメルは、どのような経緯でこの 2 台を発掘したかについては明かしてくれ ない。「クルマが僕のことを見つけてくれることもあるのですよ」と上手に煙にまく。

現在 39 歳のマット・ハメルは、16 歳でオールドタイマーに興味を抱き、芸術大学に進学すると休暇のたびに “珍しい車輌パーツ” 探しに熱中した。当時はフォルクスワーゲンのパーツに絞って、カリフォルニア州の半分に相当する地域をしらみつぶしに回ったらしい。趣味はさらに高じて、当時 “VW 部品の宝庫” と言われたビルマとタイを舞台に仲間と冒険が繰り広げたのであった。「フォルクスワーゲン・サンババスのサファリウインドウを発掘したときは、ホテルのベッドの横に重ねて置いて、それを見つめながら寝入りましたよ。疲労困憊の毎日でしたが、今にして思えば幸せな旅でした」。その後、ハメルはアメリカに戻り、アジアで発掘してきたレア・アイテムを売り捌いて、自らの趣味をさらに極めていく。「古いフォルクスワーゲン部品を追求していくと、おのずとポルシェに行き着くのです」。

[+]

究極の日常利便性:外観はそれほど重要ではない。マット・ハメルにとって大切なのは、当時の状態を維持しながら色褪せないポルシェの技術性能だ

[+]

ハンドクラフト: 保管庫の引き出しには稀に見る 356 のヘッドライトパーツも収められている

マット・ハメルにとって宝の部屋だという自宅脇の物置小屋へ案内される。中にはこれまで彼が集めてきた様々なパーツが保管されており、ハメルは黄色く色褪せたダンボールのふたを開くと、緑色に光るプラスティックの部品を手の平にのせる。「これは前回の休暇中に以前交際していた彼女と二人で見つけました。私にとってこれはまさに “聖杯” です」と、オールドタイマー・ポルシェのダッシュボードに装着されていたボタンを自慢げに見せてくれる。奇妙な披露はさらに続く。 “カマックス社製のネジ” が入ったビンと、ポルシェ初期のプレ A モデルに採用されていた “80mm ピストン” が整理された引き出し──その横の棚には数多くのサイドミラーが並べられ、外から差し込む太陽の光を反射して床に並ぶエンジン群を照らし出している。「これがポルシェがはじめて開発したレースエンジンで 1954 年製 1500Super に搭載されていたものです。エンジンを見ると、初期のポルシェとフォルクスワーゲンの技術的類似性がよくわかります」と説明するハメルは、その中の 1 基をつい最近、オーストリアの好事家に譲り 渡したらしい。

「希少価値の高い旧いポルシェを所有している同好の士から問い合わせが入ると、その人が 必要とするパーツを探しにすぐに保管庫へ向かいます」。そう、彼は自分が掘り出した “宝石” は、それを本当に必要とする人に譲るべきだと考えているのである。

Bastian Fuhrmann
写真 Jay Watson

[+]

ハメルのガレージ: ノンレストアの 356 カブリオレ(1952 年製)と 911カレラ 3.2(1986 年製)は正真正銘のオールドタイマーだ