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Porsche - ブラックマジック

ブラックマジック

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ヴォルフ・ヘンツラーとブライアン・セラーズと共に初回テストを行ったワークスドライバー、イェルク・ベルクマイスター

カスタマーレース用に新開発され、北アメリカ、セブリングの飛行場サーキットでファイナルシェイクダウンを敢行した 911 GT3 R。30 時間にもおよぶ耐久テストを通過し、2016 年レースシーズンスタートの準備は万全に整った。

夏から秋にかけオールドファッションな礼服のようにも見える全身黒の “アウトフィット” に包まれていたポルシェ 911 GT3 R。これは GT レースに参加するポルシェレーシングカーの新しいドレスコードというわけではなく、ボディ全ての素材がカーボン製であるというシンプルな理由からだ。「走行テスト段階ではカーボン製のパーツはもちろんそのままにしてあります」と話すのはプロジェクト責任者、ザシャ・ピルツだ。

夏ももう終わりに近づく頃、セブリング・インターナショナル・レースウェイのパドックで数台のトラックが一台の “ブラックビースト” を取り囲んでいる。数々の過酷なテストを乗り越えてきた 911 GT3 R。イタリアでの灼熱のヒートテストをはじめ、ヨーロッパの様々なレースサーキットにおいてコンポーネントテストや耐久テストを無事に通過してきた。そしてアメリカはフロリダ中央にある伝統のサーキットを舞台に “卒業試験” が行われる。30 時間の耐久テスト、サーキットの安全管理上、各 10 時間、計 3 回となかなかいい感じの配分だ。「各走行間では燃料補給、ピットでのドライバー交代とタイヤ交換だけを予定しています」。試験の流れを説明するテストチームのスタッフ。この新しいレーシングカー、2016 年シーズンで様々な 24 時間レース参加し、勝利を獲得するつもりなのだからそれも当然のことだろう。

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車輌の走行データがエンジニアの待つ仮設司令室に集められ、その後、ヴァイザッハで解析が行われる

テントの下でジャッキに持ち上げられた状態の 911 GT3 R。フードもタイヤも装着されていないマシーンはプライベーター向けのレースカーというより、どこかコンセプトスタディカーを髣髴とさせる。また図太いロールケージには無数のケーブルがぶら下がっており、制御装置に色とりどりにきれいに接続されていなければ、サーバーの裏の乱雑に絡み合ったケーブルのようにみえる。911 GT3 R は 10 時間のテスト走行を繰り返し実施するだけでなく、その間膨大なデータを絶え間なく収集しなければならないのだからたくさんのケーブルも必要だ。またウィッシュボーン表面にもひずみゲージテープが貼り付けられ、走行中にかかる負荷や変化が情報としてしっかりと記録される。

オーランドの南に位置し、辺り一面を沼地に囲まれたセブリングは今日においてもアメリカの古きよきレース時代を象徴する舞台としてその名を馳せる場所だ。かつての空軍基地だった空港が気難しい癖のあるレースサーキットへと生まれ変わったのは 1940 年代後半のことだ。スタートおよびゴール地点となるロングストレートはかつての滑走路を利用したものであり、当時は観衆席とサーキットが大きなわら俵で仕切られていたという。時代ごとに変化を遂げていったサーキットとはいえ、そのどこか原始的なキャラクターは今日でも感じることができる。かつてのわら俵はコンクリート壁に置き換えられてはいるが。

1952 年以来モータースポーツ界において大きな存在感を放っているセブリングの 12 時間レース。その歴史の中でポルシェは大変大きな役割を担ってきた。大会初期にはこじんまりとした 550 スパイダーが巨大なエンジンをフロントに搭載したカニンガムやマセラッティ、そしてフェラーリなどのロードスターに果敢に立ち向かい、後に受け継がれていく伝統の礎を築いてくれた。ポルシェはこの地で最高記録となる通算 18 回の総合優勝を果たし、他メーカーを大きく引き離しトップの地位を君臨している。前回のセブリングでのポルシェ総合優勝をもたらしたのは 2008 年、RS スパイダーに乗ったティモ・ベルンハルト/ロマン・デュマ/エマニュエル・コラールのチームだ。つまりサーキットレイアウトがこれまで通りのままであるならば、911 GT3 R にとってはホームゲームのように優位にレースを運べるチャンスが大きいというわけだ。アスファルトとコンクリートで舗装された路面はシャシーそしてブレーキを泣かせることだろう。それ以外にも 60 キロ離れた大西洋沿岸より押し寄せる嵐や激雨、亜熱帯の猛暑が晩夏特有の過酷なレースコンディションを提示するかもしれない。

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セブリング・インターナショナル・レースウェイの路面材質とコーナーがタイヤとブレーキシステムに挑戦状を突きつける

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フロントフードに膝を立て素早く燃料補給を行うメカニック

911 GT3 R は 500 PS(368 kW)を誇る史上最強の 4 リッター 6 気筒自然吸気 GT エンジンを搭載した現行の 911 GT3 RS をベースにしている。ボディシェルは基本的にシュトゥットガルト‐ツッフェンハウゼンの本社工場で作られる市販用の 911 ベースだが、もちろんたっぷりと手が加えられる。ロールケージが車内に取り付けられた後、ヴァイザッハ研究開発センターのレーシングスポーツ部門で広範囲にわたる調整、フィニッシュが行われる。ダイレクト・フューエル・インジェクションが搭載された新型エンジンはロードゴーイング RS にマウントされた 9A1 世代のパワーユニットをベースにしており、これもツッフェンハウゼンの GT エンジン組立ラインで製造されている。

鋳造クランクシャフトを支える新しいベアリング、新たな調整が加わったインテークカムシャフト、そしてレース用にチューンアップされたエンジン制御システム。これらは全て最大回転数上昇に貢献してくれる。回転数が 9500 rpm に達してはじめてリミッターが作動し制御される。6 速シーケンシャルギアはポルシェのためにレース用トランスミッションを専門とする英国のリカルド社が開発し、ステアリングホイール裏側のパドルシフトで操作することができる。またクラッチもストリートゴーイング RS のそれとは異なるようだ。素材はカーボン、その機能は “名誉職” のようなものだ。通常のシフトのようにその度にクラッチを切り入れしていたらタイムロスにつながってしまうという理由から、週末のレースでは発進時、またはピットを後にする際にのみ用いらる。シフトアップはエンジンの電子制御システムが迅速かつ効率的にコントロールし、減速時にはブリッピング機能がその威力を発揮する。

灼熱の太陽とそこに広がる熱を帯びた空気にもかかわらず、かつての軍事用滑走路だったセブリングのロングストレートはクリアに浮かび上がり、前方の視界も至極良好だ。カーボンボディできりりとそこに姿を現したポルシェ 911 GT3 R。飛行高度 0 mm の限界領域でトレーニングを行う軍用のステルス機を彷彿とさせる。カーボンむき出しのボディは本来エクステリアに躍動感を与える曲線やエッジライン、またはエアインテークや窪みなどを全て呑み込み、残されるのはマシーンのシルエットだけ。だがそれは決して見間違えることのない 911 のシルエットだ。

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パドックでジャッキアップされ、チューニングが行われる911 GT3 R

胸の高さまであるだろうか、天に向かってせり出したリアスポイラーは大きな存在感を放ち、力強さを誇示する巨大フェンダーよりも一段とワイドになったかのような錯覚に陥る。よくよく眺めてみるとこのスポイラーの精巧に構築されたフォームはロードゴーイング RS のそれに似ていないこともない。

 一方、911 GT3 R のサウンドは紳士レーサーのようだ。エグゾーストシステムの図太く大きなテールパイプからは一昔前のコントロールの効かない爆発音ではなく、迫力あるハイエンドサウンドが聞こえてくる。それは明快で均整が取れ、高回転域においても決してヒステリックになることがない。また離れた場所にいると車両の状態をコンスタントに、控えめに教えてくれる現状報告のように聞こえてこないこともない。ロングストレートでスタートし、ファーストコーナーに差し掛かる手前のシフトダウンではエンジン制御がいいサウンドを聞かせてくれる。そして 911 GT3 R がコーナーの後ろへと消えた後でもなおそのサウンドウェーブは垂直に天に向かって力強くこだましている。

システムの全機能の確認が行われるテスト初日。マシーンはピットから勢いよく飛び出し、再びピットへ戻った後、PC と接続されデータを吐き出し、そしてまたサーキットへと消えていく。テストに参加する 6 人のパイロットのうちすでにイェルク・ベルクマイスターとヴォルフ・ヘンツラーが交代でアタックを繰り返している。テストで 収集されたデータはその日の夜にヴァイザッハ研究開発センターへ転送され、解析される。その中で目につくデータがあった。それはコックピットの温度がまさにサウナ状態であったことだ。

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車輌重量 1220 kg の 911 GT3 R を上から見ると、そこから放たれる躍動感が非常に印象的だ

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ディスプレイのテレメトリーを使って 911 GT3 R の走行状態をリアルタイムで監視するエンジニアチーム

翌日は 1 度の燃料補給で走行できる距離、つまりスティントがテストクルーを待ち受ける。モダンなピット設備は現代病のひとつだと見なすセブリングでは、ピットウォールを含む周辺エリアには屋根が設置されていない。仮設指令室ではパフォーマンスおよびパワートレインを担当するレースエンジニア陣がコンピューター画面のデータと格闘している。911 GT3 R にはコスト上の理由からカーボン製ではなくスチール製のブレーキディスクが採用され、またチュードル・ユナイテッド・スポーツカー・チャンピオンシップ(TUSC)で規定されたコンチネンタル製のタイヤが装着されている。パイロットとエンジニアはまずこれらに慣れなければならない。ヴォルフ・ヘンツラー、イェルク・ベルクマイスター、そしてブライアン・セラーズはそれぞれ 1 時間足らずラップを重ね、ピットインの指令が無線で流れると直ちにエンジニアのもとへ向かう。

ドライバーたちはあせることなくピット進入を次々とこなしていく。 ロリポップ直前のブレーキング、ジャッキアップ、タイヤ交換、燃料補給、ドライバー交代は見事なコーディネーションで進んでいく。 その間、ブレーキを担当するメカニックがローターの温度を測定し、別のメカニックはタイヤの磨耗状態をチェックする。そして耐火性のオーバーオールとヘルメットを装着したクルーがマシーンの前に立ちクイックジョイント付きの燃料ホースを給油口に接続する。 さあ、ドライバーを交代して出発だ。テレメトリーがマシーンを細かく終始監視しているにもかかわらず、自ずと手に握ったストップウォッチをスタートさせているメカニックたちもいる。長い伝統の中でついてしまった癖なんだろう。テスト走行ではマシーンだけに限らず、人々が織り成すこんな情景も印象的だ。

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セブリングでのテスト走行が終わると “バランス・オブ・パフォーマンス” と呼ばれる FIA によるマシーンの格付けが行われる

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ステアリングホイールに張られた覚え書:各コーナーに番号が付けられたサーキットレイアウト

ロングストレート終盤で無線越しにブレーキの違和感を訴えるワークスドライバーたち。セブリングでの走行試験はこうした極限状態から送られるフィードバックを得ることが目的なのだから。この伝統のサーキットは最高の素材と完璧な調整を要求する。ポイントがずれてきた、レスポンスが遅い、などブレーキのパフォーマンスが下がってきても、ラップタイムは一定の数字を刻んでいる。 セラーズ、ヘンツラー、ベルクマイスターの才能が磨り減っていく車を補いながら、ピットで待つクルーへ正確な走行データを供給していく。ブレーキの不具合に関して独り言のように淡々と語っているブライアン・セラーズは TUSC-GT シリーズでドイツ人のヴォルフガング・ヘンツラーとチームを組んでいたアメリカ人パイロットだ。 「話し過ぎだったら言ってくれ」と微笑む。

ポルシェ 911 GT3 R は 2016 年シーズンに国際自動車連盟(FIA)のレギュレーションのもと開催される全てのシリーズ、そして TUDOR スポーツカー選手権(TUSC)に参戦することができる。その中には過酷さ故に人気のあるデイトナ 24 時間レースをはじめニュルブルクリンク、スパ・フランコルシャン、そしてドバイでのレースが含まれている。大舞台でカーボンルックが残るのは取付け部品だけ。ボディはカスタマーへの納車前に全てホワイトに塗装される予定だ。

Eckhard Eybl
写真 Victor Jon Goico