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Porsche - さらなる前進

さらなる前進

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ポルシェ 919 ハイブリッドの技術担当責任者を務めるアレクサンダー・ヒッツッィンガー

絶え間なく進化を続けるポルシェ 919 ハイブリッドのエアロダイナミクス。その裏では、ヴァイザッハのエンジニア陣が飽くなき向上心を胸に日々、技術の限界に挑んでいる。成果はラップタイムを見れば一目瞭然。未来のロードゴーイングカーが実現するであろう高燃費とハイ・パフォーマンス。すべてはエアロダイナミクスの最適化にかかっていると言っても過言ではない。

フロントホイールハウス上部に設けられた開口部をよく観察すると、レースごとにその形状が微妙に異なっているのが分かる。シルバーストーンに投入されたマシーンでは滑らかだった開口部が、ル・マンではタイヤに向かって狭くなる形状となり、ニュルブルクリンクでは開口部にリップが装着された。エアロダイナミクス部門の成果とは、このレベルでのディテールの改良を意味する。エンジニアは常に向かうべきゴールを見据えてはいるものの、そこに至る過程には無数の選択肢が存在し、終わりのない作業は時に永遠と思えることもある。素人目にはどの 919 も同じ形にしか見えない。しかし、ル・マンに投入された 919 とシリーズ後半戦を戦う 919 ではボディ形状は別物で、80 パーセント以上が刷新されているのである。

ル・マンでの総合優勝を目指して LMP1 プロトタイプカー、919 ハイブリッドの開発に携わった 20 名以上のエアロダイナミクス担当は、長いストレート・セクションの攻略に欠かせない “ダウンフォース” と  “空気抵抗” に真っ向から挑戦した。そもそもエアロダイナミクスを追求する上で欠かせないダウンフォースとは、どのようにして発生するのだろうか。「フロントおよびリア・ウィングの角度によってダウンフォースの基本作用が決まります」と説明してくれるのは、LMP1 プロトタイプカーの技術責任者、アレクサンダー・ヒッツィンガーだ。彼の説明によれば、ボディ上面を流れる空気の速度が下面を流れる空気の速度よりも速い場合、下面にほんの少しの圧力が生じ、この圧力差が “ダウンフォース” と呼ばれるパワーを生み出し、車輛を地面に押し付ける役割を果たしてくれる。しかし、強大なダウンフォースを得るには、気流を受ける表面積を大きくするという犠牲を払わなければならない。そして困ったことに、表面積を大きくして空気抵抗が増えれば、直線走行時の最高速度に影響を及ぼす。果たして、ポルシェの空力エキスパートが出した答えとはいかに……

もちろん前後のウィング形状だけがエアロダイナミクスの最適化に貢献しているわけではない。プロトタイプカーのカーボンファイバー製ボディは、その基本形状のみならずエア・インテークからエア・アウトレットに至るまで、隅々にわたり完璧に磨き上げなければならない。「しかし」と前置きしてヒッツィンガーは続ける。「エアロダイナミクスにとって重要なディテールの大半は、アンダーフロアにあります。車輛表面の気流とボディ内部の気流には非常に複雑な相互作用が働くため、セクションによって変化する車輛の姿勢や風の強さや風向き、気圧、気温、前走車に接近した際に発生する乱流などによって予期せぬ影響が現出することがあります」

当然サーキットによっても状況は異なり、優先すべき課題もそれぞれに違う。とは言え、サーキットに応じて全てのディテールを最適化していくのは無理難題というものだ。だからと言って匙を投げるようではポルシェの名が廃る。与えられた条件の中で最適解を導き出すために、919 ハイブリッドは常に進化を遂げてきた。実際、2015 年のル・マンでは、ストレート区間の長いサルテ・サーキットに合わせてエアロダイナミクスを大幅に変更している。「超ロング・ストレートを含むこのサーキットでは、空気抵抗を徹底的に抑える必要があります。ダウンフォースを必要最低限に抑えたとしても、このサーキットでは然るべき意義があるのです。一方でル・マン前後に開催されるレースでは、より大きいダウンフォースがなければ勝機はありません」とヒッツィンガーは語る。

2014 年 12 月にヴァイザッハで行われた走行テストの時点で 919 に装着されていたボディを “エアロパーツ No.1” と呼ぶが、2015 年 4 月のシルバーストーンでは “No.2”、スパ・フランコルシャンでは “No.3” に進化を遂げ、続けてル・マン・スペシャルとも言うべきロー・ダウンフォース仕様の “No.4” が開発された。さらにその後、8 月末に行われたニュルブルクリンク向けにハイ・ダウンフォース仕様を要したため、ボディ表面の 80%以上がリフレッシュされた、というわけである。

エグゾーストユニット

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2014 年モデルのテールパイプが車輛上部に取り付けられていたのに対し、現行モデルでは 2 本のテールパイプは低い位置に移設されている。この改良により、エンジンフード後端はよりスムースに空気が流れるラインに生まれ変わり、ダウンフォースが向上した。

フィン

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車輛安定性に寄与するこのパーツは、安全のためにレギュレーションで規定されている。車輛がオーバーステア状態になると瞬間的に気流を変え、その際に発生した力が車輛を再び元のポジションに戻す方向に作用する。

前面投影面積

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空気抵抗を最小限に抑えるには前面投影面積を減らす必要があるが、ボディの寸法は規定されている。車高と車幅を規定範囲内の最低値に近い寸法で設計すれば、前面投影面積は縮小される。

規定寸法内に収めつつボディの表面積を最小限に抑えて空気抵抗を低減するため、919 のコックピット上部にはユニコーンを彷彿させるボディカウルが取り付けられている。

ホイールハウス

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安全に関するレギュレーションに準じて、ホイールハウス上部には開口部が設けられている。ホイールハウスに流れ込んだ空気がここから常時一定量排出されることにより、アクシデント時に機体が宙に浮きにくくなるのだが、実際どのように作用するかはフロント・セクションの形状に依るところが大きい。気流はフロント付近で発生し、車速に応じてヘッドライトからホイールハウスへと流れていく。空気がどの角度から開口部に流れるかによって、気流はホイールハウスから流出するか、中に押し込まれるか、あるいはカーテンのように作用して開口部を塞ぐかが変わる。また、気流はスタートナンバーの横からも流れ出し、アンダーボディーパネルに沿ってリア・ディフューザーに向かうこともある。いずれにせよ、ホイールハウスに設けられたこの開口部を取り巻く気流に応じて空気が車輛に流れ込みダウンフォースの源となる。ホイールハウスから流出する空気量が多いほどフロント・ウィング周辺の気流が増大し、これによりダウンフォースが発生するのだ。ル・マンでは、ダウンフォースを低減させるためにホイールハウス前部のパネルがタイヤに向かって下向きに装着され、空気の流出を極力防ぐ措置が採られた。

パッチワーク

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ボディ先端のディテールワーク。シーズン序盤で装着されていたパーツに比べてサイズを小さくしたことで、発生するダウンフォースも少なからず変化したと言う。

サイド・エア・アウトレット

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2015 年モデルより採用されたサイド・エア・アウトレットにより、フロント方向から車輛に流入した気流の一部をホイールハウスから排気しつつ、アンダーボディーパネルを通してリア・ディフューザーに流して調整する。この気流を邪魔するものが少なければ少ないほどアンダーボディを流れる空気量が増え、結果、フロント・ウィングによるダウンフォースも増大する。

新たなパーツ

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LMP1 レギュレーションには、リア・ウィングとディフューザーに関する厳しい規定があるため、リアにダウンフォースを発生させることが難しいとされるが、このニュー・パーツの採用により、リア・セクションにさらなるダウンフォースを付加できるようになった。フロント・セクションにより強いダウンフォースをかけることも不可能ではないが、エアロダイナミクスの世界では車輛のバランスが優先される。

サーキットの特徴に応じて適切なダウンフォースを求めつつ、空気抵抗をいかに低減させていくか。ポルシェのエンジニアたちは、サーキットのレイアウトや地形、アスファルトの性質、予測温度などを解析した上で最適なエアロダイナミクスを追求していく。2015 年以降に世界耐久選手権(WEC)レースが開催された各サーキットにおける 919 の走行データはすでに収集済みで、これらのデータを基に進化型のボディ・コンポーネントが開発され、CFD(数値流体力学)システムで設計したパーツ単体の効果と相互作用のシミュレーションが行われる。その後、実車の 3/5 スケール・モデルが作成され、それをイギリスのグローブにあるウィリアムズ F1 ティームの風洞実験施設に運び込まれるのだ。「風洞実験を経て初めてコンポーネントが製造され、試験を受けることになります」とヒッツィンガー。この縮小版プロトタイプでの開発がなければ、空力パーツの開発には莫大なコストと時間を要するはずである。

ポルシェ研究開発センターにある高度な技術を備える風洞施設を利用することができるようになったのは、モータースポーツ部門にとって僥倖であろう。「2014 年 12 月以降は自社の風洞施設で様々な実験ができるようになり、CFD システムで導き出した数値と縮小モデルを使っての実験値で比較検証を行い、細部のディテールまで突き詰めていきました」とヒッツィンガーは誇らしげに語る。

ちなみに 2015 年 6 月、919 ハイブリッドがル・マンで勝利を手にした時点で、ポルシェの開発ティームはすでに後続モデルの開発プロジェクトに着手していたという。ポルシェ 919 ハイブリッドの第 3 世代に関して詳細は明らかにされていないが、ダウンサイジングされた 2 リッター4 気筒ターボ・ガソリンエンジンと2基のエネルギー回生システムによって構成されるユニークな駆動コンセプトに基本的な変更はないと言う。「あくまで “基本的” には、ですよ」ととぼけた口調で話すヒッツィンガー。それは然り。来シーズン向けの車輛が今シーズン・モデルと同じであるわけがない。919 ハイブリッドは常に進化を遂げていくのだから……

Heike Hientzsch