Porsche

アーカイブ  2007


Dr. ヴォルフガング・ポルシェが監査役会の新しい会長に

ポルシェAG(本社:ドイツ、シュトゥットガルト 社長:Dr.ヴェンデリン・ヴィーデキング)は、1月26日にポルシェ アリーナで開催された監査役会において、Dr.ヴォルフガング・ポルシェ(63)をDr. ヘルムート・ジーラー教授(73)の後任として監査役会の新しい会長に任命しました。Dr. ポルシェは1978年からの監査役会メンバーです。ジーラー教授は本人からの申し出により同日の株主総会の終了時をもって会長を退任しました。

1943年5月10日にシュトゥットガルトで生まれたDr. ポルシェは、ウィーン商科大学で学び、経済学の修士号を得て卒業し、後には商学博士号を取得しました。Dr. ポルシェはポルシェ AGの株主であり、多数の監査役会、顧問会議や経営委員会において様々な役職に就いています。

ジーラー教授は14年間にわたってポルシェの監査役会の会長を務めました。ポルシェ AGの社長Dr. ヴェンデリン・ヴィーデキングは、株主総会のスピーチの中で、ジーラー教授の監査役会からの辞任は「一つの素晴らしい時代の終わり」を画する出来事であると述べました。Dr. ヴィーデキングはスピーチのなかで、ジーラー教授は「ポルシェにとって幸運」であり、彼の非常に豊富な経験・理性的な物の見方・外交手腕を通して、ポルシェの順調な展開に対して決定的な貢献を行ったと述べています。Dr. ヴィーデキングは更に、「1993年当時、まだ若く経験の浅い社長だった私には、あなたと一緒に働くことができるというユニークな強みがありました。適切なアドバイスと行動で私を何度も助けて下さったのはあなたです。私は常に、あなたを頼りにすることができました。間違った方向に進もうとした時には特に、です。」と述べ、彼にとってジーラー教授の指導の下で働くことは個人的にも幸運であったとも付け加えました。

さらに株主総会においては、監査役会でのジーラー教授の後任として、ハンス=ペーター・ポルシェ(66)が監査役会のメンバーとして任命されました。フェリー・ポルシェの4人の子息の一人として1940年11月29日にシュトゥットガルトに生まれたハンス=ペーター・ポルシェは、エンジニアとしての学業をザルツブルク大学の機械工学科で修めました。彼はその後、当時シュトゥットガルトにあったDr. Ing. h.c.F. Porsche KGの経営における父親のアシスタントとなり、このスポーツカーメーカーの生産管理、購買、検査および組み立て部門を1965年に引き継ぎ、1971年まで率いました。

ハンス=ペーター・ポルシェは兄のフェルディナンド・アレクサンダーとともに、1978年にPorsche Design Produkte Vertriebsgesellschaftをザルツブルクに設立しました。ハンス=ペーター・ポルシェはポルシェ AGの株主であり、様々な会社の持ち株パートナーであり、監査役会や経営委員会において数々の役職に就いています。

ポルシェの監査役会のメンバーを27年間勤めたDr. ヴァルター・ツューゲル(73)も、本年度の株主総会終了時点において、退任しました。Dr. ヴィーデキングはスピーチの中でDr. ツューゲルについて、ポルシェの堅固な基盤の極めて重要な一部分であると称することのできる恐らく唯一の銀行家であり「ポルシェ社内の『岩盤』である」と述べています。Dr. ツューゲルはDr. ヴィーデキングが形容しているように、ポルシェの最も困難な時期に常にポルシェの支えとなった存在であり、ポルシェをその適切な助言と幅広い人脈によってサポートしてきました。Dr.ツューゲルの後任には、Dr. ウルリッヒ・レーナー教授(60)が新しい監査役会メンバーに任命されました。

Dr. ウルリッヒ・レーナー教授は1946年5月1日にデュッセルドルフで生まれ、ダルムシュタットの工科大学において経済学および機械工学を学びました。その後、会計検査官として勤務した後に、1981年にヘンケル・グループに入社しました。2000年5月からはHenkel KgaA(本社:デュッセルドルフ)の経営会議の議長を務めています。

2007/1/31