Porsche

アーカイブ  2006


元ポルシェのワークスドライバー、ヘルベルト・リンゲ氏がヴァイザッハの名誉市民として表彰される

シュトゥットガルト. ポルシェAG(本社:ドイツ、シュトゥットガルト 社長:Dr.ヴェンデリン・ヴィーデキング)の元ワークスドライバー兼プロダクション・マネージャーであったヘルベルト・リンゲ氏が、名誉市民の称号を彼が在住するヴァイザッハ市から授与されました。

現在78歳のリンゲ氏は、生え抜きのポルシェ・マンです。リンゲ氏は1943年にポルシェの最初の見習工の一人としてそのキャリアをスタートし、ツッフェンハウゼン工場でメカニックとして経験を積み、1987年に退職するまでこのスポーツカーメーカーと親密な関係を保ち続けました。ヴァイザッハ市の女性市長ウルズラ・クロイテル氏は、リンゲ氏のポルシェにおける素晴らしいキャリアに対し、同市内のシュトゥルーデルバッハ・ホールにて表彰をいたしました。

ヘルベルト・リンゲ氏は20年間のレース生活にわたって、多くの成功を収めました。彼の成し遂げた一連の素晴らしい功績には、90回のクラス優勝および6回の国際記録が含まれています。彼はル・マン24時間レースを15回戦い、リエージュ・ローマ・リエージュ・レースで1954年に優勝、また1957年にはミッレ・ミリアにおいてクラス優勝を勝ち取っています。1958年にはリンゲ氏はセブリング12時間レースでクラス優勝を果たし、その2年後にはツール・ド・コルスで勝利をおさめています。その後、このポルシェのワークスドライバーは1963年にタルガ・フローリオでGTクラスでの勝利をおさめ、さらなる栄光を勝ち得ました。モータースポーツ活動の傍ら、リンゲ氏はポルシェの国際カスタマーサービス部に長年勤務しました。彼は42歳でレーサーとしてのキャリアを終え、新設されたヴァイザッハのポルシェ研究開発センターに配置転換され、プロとしてキャリアを終えるまでプロダクション・マネージャーの役職を勤め上げました。

リンゲ氏は引退後も世界中のサーキットに足を運び続けます。1972年にはモータースポーツの運営団体(ONS)のサーキット安全チームを設立し、1990年までこのチームを率いました。彼は最後の役職として、ポルシェ カレラカップのマネージャーとして1993年まで活動しました。

ヘルベルト・リンゲ氏はポルシェの最近のモータースポーツへの取組みに対しても大きな関心を持って見守っており、特にヴァイザッハで開発されたスポーツプロトタイプ、RSスパイダーのアメリカン・ル・マンシリーズ(ALMS)での最近の活躍ぶりに喜びを感じています。

ヘルベルト・リンゲ氏のモータースポーツに対する情熱は、今日においても健在です。彼の名前は常に550スパイダーや356や904などのポルシェの伝説的モデルと共にヒストリックラリーのエントリーリストをたびたび賑わしています 。

2006/11/1